(民訴法)旧司法試験法平成16年度第2問

第2問

Xは,Yに対し,200万円の貸金債権(甲債権)を有するとして,貸金返還請求訴訟を提起したところ,Yは,Xに対する300万円の売掛金債権(乙債権)を自働債権とする訴訟上の相殺を主張した。

この事例に関する次の1から3までの各場合について,裁判所がどのような判決をすべきかを述べ,その判決が確定したときの既判力について論ぜよ。

1 裁判所は,甲債権及び乙債権のいずれもが存在し,かつ,相殺適状にあることについて心証を得た。

2 Xは,「訴え提起前に乙債権を全額弁済した。」と主張した。裁判所は,甲債権が存在すること及び乙債権が存在したがその全額について弁済の事実があったことについて心証を得た。

3 Xは,「甲債権とは別に,Yに対し,300万円の立替金償還債権(丙債権)を 有しており,訴え提起前にこれを自働債権として乙債権と対当額で相殺した。」と 主張した。裁判所は,甲債権が存在すること並びに乙債権及び丙債権のいずれもが存在し,かつ,相殺の意思表示の当時,相殺適状にあったことについて心証を得た。*1

 

<解答>

第1 設問1

 1 裁判所がすべき判決の内容

 裁判所は、甲債権及び乙債権がいずれも存在し、かつ、相殺適状にあるとの心証を形成しているのであるから、訴求債権である甲債権はこの訴訟上の相殺によって全部消滅したといえ、Xの請求を棄却する旨の全部請求棄却判決をすべきである。

 2 1の確定判決についての既判力

 (1)既判力は、「主文に包含するもの」(民事訴訟法(以下、法名省略)114条1項)について生じる。既判力の趣旨は、十分な手続保障に基づく自己責任にあるところ、その拘束力は主文たる訴訟物の存否についてのみ認めれば足りるし、仮に理由中の判断についてまでその拘束力を認めることになれば、攻撃防御の一挙手一投足に過敏となり、審理の遅延を招きかねない。したがって、本条項にいう「主文」とは、訴訟物たる権利法律関係の存否に関する判断のことを言うと解する。

 本件では、甲債権が不存在であると判断しているため、XのYに対する甲債権200万円の不存在という判断に既判力が生じる。

 (2)また、法は相殺の場合については、既判力を例外的に認めている(114条2項)。これは、相殺の抗弁について既判力を認めないことになれば、訴求債権についての紛争が反対債権の存否の紛争に移ってしまい、判決による紛争解決の実効性を欠くためである。そして、既判力の生じる範囲につき、反対債権の不存在という判断のみならず、訴求債権と反対債権が共に存在し、かつ、相殺によってこれが消滅したと言う判断に既判力が生じると言う見解もあるが、114条1項の既判力を及ぼす原則的な趣旨や反対債権についてのみこれを認めることで後発的な紛争の発生は予防できることから、反対債権が存在しないと言う判断について既判力が生じると解すべきである。

 本件では、200万円の訴求債権に対し、Yは300万円の反対債権を相殺の抗弁に供しているところ、「相殺をもって対抗した額」は、訴求債権に一致する200万円部分なのであるから、200万円の反対債権の不存在という判断に既判力が生じる。

第2 設問2

 1 裁判所がすべき判決の内容

 裁判所は、甲債権が存在すること及び乙債権が存在したが、これについてはその全額について弁済があった旨の心証を形成しているため、Yの相殺の抗弁は自働債権の不存在により理由がないものとして排斥され、Xの請求を全部認容し、200万円の支払いを命じる旨の判決をすべきである。

 2 1の確定判決についての既判力

 (1)まず、「主文に包含」されるのは、XのYに対する200万円の甲債権の存在であるから、この点につき既判力が生じる。また、反対債権については、先のとおり、裁判所は乙債権(自働債権)が存在しないという判断をしており、114条2項による相殺の抗弁による既判力は「相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断」に生じるから、相殺の抗弁に供した200万円部分についての不存在という判断に既判力が生じる。

 (2)なお、裁判所は全体として乙債権(自働債権)が一切存在しないとの心証を形成しているが、相殺の抗弁の判断によって既判力が生じるのは、相殺をもって対抗した額で相殺のために主張した請求の成否の判断された部分について生じるため、訴求債権を超過する100万円部分については既判力は生じない。

第3 設問3

 1 裁判所がすべき判決の内容

 甲債権に対する乙債権による相殺の抗弁に対し、更に乙債権に対する丙債権による相殺の再抗弁が提出されている。この点、訴訟上の相殺の再抗弁については、判例は訴訟上の相殺の意思表示は、相殺の意思表示がされたことにより確定的に生じるものではなく、裁判所により相殺の判断がされることを条件として実体法上の相殺の効果が生ずるものであるとし、そのために相殺の再抗弁を認めることは、仮定の上に仮定を積み重ねることとなり、当事者間の法律関係を不安定にし、このように解したとしても、訴求されている訴訟物以外の債権を主張するのであれば、別訴の提起による訴求や訴えの変更(講学上の訴えの追加的変更)によってなしうるため、相殺の再抗弁という形で認めなくとも主張者に不利益とならないから、許されないという。しかし、本件のように既に心証が形成されている場合には、そのような弊害は生じないことから、裁判所としては、Xの請求を全部認容し、200万円の支払いを求める旨の判決をすべきである。

 2 1の確定判決についての既判力

 甲債権が存在及び丙債権との相殺によって消滅した乙債権の不存在という判断に既判力が生じる。

以上