(民法)司法試験予備試験令和元年

 [民法] 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

【事実】

1.Aは早くに妻と死別したが,成人した一人息子のBはAのもとから離れ,音信がなくなってい た。Aは,いとこのCに家業の手伝いをしてもらっていたが,平成20年4月1日,長年のCの 支援に対する感謝として,ほとんど利用していなかったA所有の更地(時価2000万円。以下 「本件土地」という。)をCに贈与した。同日,本件土地はAからCに引き渡されたが,本件土 地の所有権の移転の登記はされなかった。

2.Cは,平成20年8月21日までに本件土地上に居住用建物(以下「本件建物」という。)を 建築して居住を開始し,同月31日には,本件建物についてCを所有者とする所有権の保存の 登記がされた。

3.平成28年3月15日,Aが遺言なしに死亡し,唯一の相続人であるBがAを相続した。Bは, Aの財産を調べたところ,Aが居住していた土地建物のほかに,A所有名義の本件土地がある こと,また,本件土地上にはCが居住するC所有名義の本件建物があることを知った。

4.Bは,多くの借金を抱えており,更なる借入れのための担保を確保しなければならなかった。 そこで,Bは,平成28年4月1日,本件土地について相続を原因とするAからBへの所有権の 移転の登記をした。さらに,同年6月1日,Bは,知人であるDとの間で,1000万円を借り 受ける旨の金銭消費貸借契約を締結し,1000万円を受領するとともに,これによってDに対 して負う債務(以下「本件債務」という。)の担保のために本件土地に抵当権を設定する旨の抵 当権設定契約を締結し,同日,Dを抵当権者とする抵当権の設定の登記がされた。

5.BD間で【事実】4の金銭消費貸借契約及び抵当権設定契約が締結された際,Bは,Dに対し, 本件建物を所有するCは本件土地を無償で借りているに過ぎないと説明した。しかし,Dは, Cが本件土地の贈与を受けていたことは知らなかったものの,念のため,対抗力のある借地権 の負担があるものとして本件土地の担保価値を評価し,Bに対する貸付額を決定した。

 

〔設問1〕 Bが本件債務の履行を怠ったため,平成29年3月1日,Dは,本件土地について抵当権の実 行としての競売の申立てをした。競売手続の結果,本件土地は,D自らが950万円(本件債務の 残額とほぼ同額)で買い受けることとなり,同年12月1日,本件土地についてDへの所有権の移 転の登記がされた。同月15日,Dが,Cに対し,本件建物を収去して本件土地を明け渡すよう請 求する訴訟を提起したところ,Cは,Dの抵当権が設定される前に,Aから本件土地を贈与された のであるから,自分こそが本件土地の所有者である,仮に,Dが本件土地の所有者であるとしても, 自分には本件建物を存続させるための法律上の占有権原が認められるはずであると主張した。 この場合において,DのCに対する請求は認められるか。なお,民事執行法上の問題について は論じなくてよい。 【事実(続き)】(〔設問1〕の問題文中に記載した事実は考慮しない。)

6.平成30年10月1日,Cは,本件土地の所有権の移転の登記をしようと考え,本件土地の登 記事項証明書を入手したところ,AからBへの所有権の移転の登記及びDを抵当権者とする抵 当権の設定の登記がされていることを知った。

 

〔設問2〕

平成30年11月1日,Cは,Bに対し,本件土地の所有権移転登記手続を請求する訴訟を,Dに対し,本件土地の抵当権設定登記の抹消登記手続を請求する訴訟を,それぞれ提起した。

このうち,CのDに対する請求は認められるか。

 

第1 設問1

 1 DのCに対する請求と本件における争点

 DのCに対する請求は、本件土地所有権に基づく返還請求権としての(建物収去)土地明渡請求である。その請求原因事実は、ア Dが本件土地の所有権を有すること、イ Cが本件土地上に建物を所有し、土地を占有していること、である。このうち、本件で争点となるのは、アである。

 2 Cの抗弁とその妥当性

 (1)Cは、自分こそが本件土地の所有者であると主張する(抗弁①)。また、仮にこれが認められないとしても、Cには本件土地を占有する法律上の占有権原があると主張する(抗弁②)。

 (2)本件事実関係によれば、Dは、BがDに負う本件債務の担保のために本件土地の所有者Aの相続人Bから本件土地の抵当権設定を受け、抵当権の実行としての競売により自ら本件土地を買い受けたことが認められる。他方、本件土地は抵当権の設定がされる前にCがAから贈与を受けている。そうすると、CとDは、本件土地についての権利主張は元々本件土地を所有していたAの所有権を承継したところに求められるため、CとDは本件土地の所有権を争う関係に立つ。

  ア この点、不動産の物権変動について民法(以下、法令名省略)177条は、登記を具備しなければ「第三者」に対抗することができないと規定する。本条の趣旨は、隠れた物権変動による不測の事態を防止し、不動産取引の安全を図る点にある。そこで、本条にいう「第三者」とは、当事者及びその包括承継人以外の者であって、登記の欠缺を主張する正当な利益を有することをいう。

  イ 本件では、CはAから本件土地の贈与を受けて本件土地につき正当な利益を有している。一方、DもAから本件土地を相続したBから本件抵当権設定を受けた上で競売により所有権を取得しているので、本件土地につき正当な利益を有している。そうすると、CとDは、当事者及びその包括承継人以外の者であって、それぞれ他方に対して登記の不存在を主張する正当な利益を有する者として相互に177条の「第三者」にあたる。したがって、その優劣は登記具備の先後によって決せられる。

  ウ よって、Dは、Cが登記を具備するよりも前に、Dの所有権取得の根源となる抵当権設定登記を具備しているから、本件土地の所有権についてDがCに優先する。

 よって、抗弁①は理由がない。

 (3)Cの抗弁②の内容は、法定地上権(388条)の成立による占有権原であると考えられるため、以下その成否を検討する。[1]

  ア 法定地上権は、①抵当権設定時に土地上に建物が存在し、②その設定当時、土地と土地上の建物が同一の所有者に帰属する状態で、③土地又は建物につき抵当権が設定され、④その実行により所有者を異にするに至ったとき、にその建物について設定される。

  イ 本件では、本件土地に抵当権が設定された当時、本件建物が存在し(①)、その後、本件土地につき抵当権が設定され(③)、その実行により本件土地の所有権をDが取得したことで、本件建物はCの所有となり、本件土地と建物の所有者を異にするに至った(④)ということができる。問題は、Cは本件土地の所有権をDに対抗できないため、Dとの関係では抵当権設定当時には本件土地と本件建物の所有者が同一であったと言えるかが問題となる(②)。

  ウ 法定地上権の趣旨は、抵当権の実行により建物を取り壊すことで生じる社会経済上の不利益の回避をするという公益を図る要請と、一方で法定地上権の成立により抵当権者に不測の損害を与えないようにするという要請との調査にある。そして、土地に抵当権の設定を受けようとする者は、土地の担保価値を評価するため、事前に現地調査をするのが通常であり、その際現実に土地上に建物が存在すれば法定地上権が成立することを予期して土地の担保価値を把握することができる。したがって、抵当権設定時に土地と建物の登記名義が同一でないときに法定地上権の成立を認めても抵当権者に不測の損害を与えない。このことから、土地と建物の登記名義が同一でないときであっても、実体法上の所有者が同一であれば、抵当権の実行により建物を取り壊すことで生じる社会経済上の不利益を回避するという法定地上権の趣旨を実現するために法定地上権の成立を肯定することは許容されると解すべきである。

  エ 本件では、本件土地に抵当権が設定された当時、本件土地の所有権はAからの贈与によりAが取得しており、本件土地と本件建物の所有権はCに帰属していた。そうすると、その当時、Cは本件土地については所有権移転登記を具備していなかったが、このことが法定地上権の成立を妨げる理由とはならない(②)。

  オ よって、本件では法定地上権の成立の要件を全て充足するから、Cの法律上の占有権原をいう抗弁②には理由がある。

 3 したがって、DのCに対する請求は認められない。

第2 設問2

 1 取得時効の成立要件の充足

 本件土地をAから贈与されたCは、平成20年4月1日に引き渡しを受けて以来占有を開始しているため、平成30年4月1日の経過時点で本件土地を10年間占有していたものといえる(140条本文)。そして、所有の意思の有無は、占有の取得原因により客観的に決せられるところ、贈与により占有を取得したCにはその占有取得の原因から所有の意思が認められる。さらに、Cは占有開始後に居住用の建物を建てて上記土地占有を継続し、その間に特に土地占有を強暴により継続したり、隠避したりしているわけではないから、平穏かつ公然と(186条1項参照)、自己の物を占有しているといえる。加えて、CはAから長年の支援に感謝され、本件土地の贈与を受けており、Aの権限に疑念を差し挟むべき特段の事情も見受けられなかったものということができるから、占有開始時にCがAから有効に所有権を取得したと信じ、かつ、そう信じたことに過失は認められず、善意かつ無過失も認められる。最後に、CがDに抵当権設定登記の抹消手続を求めて訴訟を提起していることから、Cは時効の援用の意思表示(145条)をしたということができる。

 2 取得時効の対抗の可否

 すなわち、Cが実体法上、本件土地の所有権を時効取得するとしても、その取得を登記なくDに対抗することができるかは別である。

 この点、時効取得者は、時効完成前に登記を具備できない反面、時効完成後は登記を具備できることを踏まえると、時効完成後に利害関係に入った第三者との関係では登記なくして時効取得を対抗できないが、時効完成前の第三者との関係では前主後主として承継取得の当事者類似にあるものとして、登記なくして時効取得を対応できると解する。

 本件では、Cは、Dが平成28年6月1日に本件土地につきBから抵当権の設定を受けて利害関係に入った後となる平成30年4月1日月経過した時点で本件土地を時効取得している。そうすると、Dは時効完成前の第三者であるから、Cが時効取得を対抗するためには登記を要しない。

 3 よって、CのDに対する請求は認められる。

 

[1]民法388条本文は、『土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす。』と規定するが、その根拠は、土地と建物が同一所有者に属している場合には、その一方につき抵当権を設定し将来土地と建物の所有者を異にすることが予想される場合でも、これにそなえて抵当権設定時において建物につき土地利用権を設定しておくことが現行法制のもとにおいては許されないところから、競売により土地と建物が別人の所有に帰した場合は建物の収去を余儀なくされるが、それは社会経済上不利益であるから、これを防止する必要があるとともに、このような場合には、抵当権設定者としては、建物のために土地利用を存続する意思を有し、抵当権者もこれを予期すべきものであることに求めることができる。してみると、建物につき登記がされているか、所有者が取得登記を経由しているか否かにかかわらず、建物が存立している以上、これを保護することが社会経済上の要請にそうゆえんであって、もとよりこれは抵当権設定者の意思に反するものではなく、他方、土地につき抵当権を取得しようとする者は、現実に土地をみて地上建物の存在を了知しこれを前提として評価するのが通例であり、競落人は抵当権者と同視すべきものであるから、建物につき登記がされているか、所有者が取得登記を経由しているか否かにかかわらず、法定地上権の成立を認めるのが法の趣旨に合致するものである。このように、法定地上権制度は、要するに存立している建物を保護するところにその意義を有するのであるから、建物所有者は、法定地上権を取得するにあたり、対抗力ある所有権を有している必要はないというべきである。」(最判昭和48年9月18日民集27巻8号1066頁/最判昭和50年7月11日金法766頁)