(民訴法)司法試験予備試験平成29年設問2

 弁護士Lは,Xと相談した結果,差し当たり,訴え提起の時点までに既に発生した利得分の合 計300万円のみを不当利得返還請求権に基づいて請求することとした。 これに対し,Yは,この訴訟(以下「第1訴訟」という。)の口頭弁論期日において,Xに対し て有する500万円の貸金債権(以下「本件貸金債権」という。)とXの有する上記の不当利得返 還請求権に係る債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。 第1訴訟の受訴裁判所は,審理の結果,Xの不当利得返還請求権に係る債権については300 万円全額が認められる一方,Yの本件貸金債権は500万円のうち450万円が弁済されている ため50万円の範囲でのみ認められるとの心証を得て,その心証に従った判決(以下「前訴判決」 という。)をし,前訴判決は確定した。 ところが,その後,Yは,本件貸金債権のうち前訴判決において相殺が認められた50万円を 除く残額450万円はいまだ弁済されていないとして,Xに対し,その支払を求めて貸金返還請求訴訟(以下「第2訴訟」という。)を提起した。

〔設問2〕 第2訴訟において,受訴裁判所は,貸金債権の存否について改めて審理・判断をすることがで きるか,検討しなさい。

 

1既判力の客観的範囲

 (1)既判力は、「主文に包含されるもの」(民事訴訟法114条1項)に生じる。もっとも、法は例外的に相殺の抗弁について提出、判断された部分についても判決理由中の判断ではあるが、既判力を生じさせる(同条2項)。その趣旨は、訴求債権についての紛争が反対債権の存否という形に置き換えられ、紛争が後訴において蒸し返されることを防止し、判決による紛争解決の実効性を確保する点にある。そうすると、相殺の抗弁に係る判断について既判力が生じるのは、反対債権の不存在についてのみであると解される。

 (2)本件では、Xの不当利得返還請求権について裁判所は300万円存在することを認め(114条1項)、さらにYの本件貸金債権500万円のうち300万円部分については50万円部分が本件訴訟における相殺の抗弁によって不存在となり、残りの250万円部分については元々不存在であるとの判断をしており、かかる判断に既判力が生じている(同条2項)。

 (3)したがって、本判決を前提とすると、後訴請求は残部の450万円を求めるものであり、その全ては前訴確定判決に係る既判力によっては遮断されない。

2既判力によって処理できない部分の処理

 (1)114条2項の文言からも明らかな通り、相殺の抗弁に係る判断のうち既判力が生じるのは「相殺をもって対抗した額」であるから、訴求債権を超える200万円部分については前訴判決の既判力は生じていない。そうすると、少なくとも後訴請求を前訴確定判決に係る既判力によって遮断することはできない。

 (2)しかし、前訴における本件貸金債権の存否に係る判断は、その対抗のために主張された部分のみを審理するものではなく、債権全体についてされるものであるし、訴求債権に満たない額しか認容されていない場合には、もはや対抗主張がされなかった残部は存在しないものと考えるのが合理的であるといえる。そうすると、前訴確定判決に係る既判力が生じていない本件貸金債権のうち前訴訴求債権額である300万円を超える200万円部分(請求としては450万円)を後訴で改めて訴求することは実質的には前訴で既に決着済みである部分を請求するものであり、紛争を蒸し返すものであるといえる。したがって、このような場合、前訴確定判決によってもはや本訴訟物に関する争いは解決され、応訴の必要はないとの被告の合理的意思を法的に保護すべく、訴訟上の信義則(2条)に反し、許されないものと解する。

 (3)よって、後訴裁判所としては、前訴確定判決に係る既判力が生じていない200万円部分の請求についても改めて審理判断することができない。

以上

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