R5年度九州大学ロースクール入学試験問題(民法)

<2023年九州大学ロースクール民法)>

 

【問題1】(配点20点)

 1 AのCに対する請求の内容

 Cによる甲への放火による焼失を理由とした不法行為に基づく損害賠償請求(709条)

 2 訴訟物

 不法行為に基づく損害賠償請求権

 3 請求原因

  (1)Bは、2022年9月1日、Aに対し、甲を代金200万円で売った*1

  (2)Cは、2022年9月10日、甲に放火し、焼失させた*2

  (3)焼失当時の甲の財産的価値は300万円を下らない*3

 4 反論

  (1)反論の内容*4

   ①生じた損害の額は、200万円である。

   ②Cは放火当時、AとBとの面識がなかった(?)

  (2)反論の当否

   <①について>

  「損害」の定義について、判例は、不法行為がなかったと仮定した場合の被害者が置かれている利益状況と不法行為がされた後の被害者の利益状況の差額を金銭で表示したものであるとする(最三判昭和56年12月22日民集35巻9号1350頁(差額説))。

 判例にも、物が破損した場合の損害額の算定にあたり、修理が不可能なのであれば、その物と同種・同等の物を市場で調達(入手)するのに要する価格相当額が賠償の対象となると判断している(最二判昭和49年4月15日民集28巻3号385頁)[1]

  本件では、A Bでの甲の売買契約では、代金額は200万円とされていたが、その客観的価値は、300万円であるため、Cの放火による焼失がなければ客観的価値として甲は300万円の価値を有していた。

 よって、その損害は、300万円である。

   <②について>

 故意とは、一定の結果が発生すべきことを意図し、又は少なくともそうした結果が発生することを認識ないし予見しながら、それを認容して行為(未必の故意まで含む)をするという心理(主観)状態をいう。

 本件では、甲の所有者がいずれの者であるか認識しておらず、故にAやBと何らの認識がなくても放火によって甲が焼失することは容易に予見可能であった。

 よって、Cの反論は、いずれも失当

 

【問題2】(配点10点)

 ※「簡潔」に説明することが求められている。

 1 A B間における甲の売買契約の解除の可否

 A B間の契約:目的となる財産権を甲とした売買契約(555条)

 特約の有無:なし

 原則(民法):Aは、Cによる放火までの間に甲の引き渡しを受けている。

 そうすると、567条1項の適用がある。

 よって、Aは、前記売買契約の解除をすることはできない。

 2 既払代金の返還請求の当否

 前記1のとおり、前記売買契約の解除をすることができない以上、既払代金の返還を請求することはできない。

 

【問題3】(配点20点)

 1 前段

  (1)AのCに対する請求の内容

 前記【問題1】のとおり

  (2)請求の当否

 前記請求の根拠は、甲の所有権を「A」が有していることにある。そのため、債権者は、Aである。

 そうすると、Cが債権者でないBに対して支払った300万円は弁済として無効である(原則)。

 しかし、478条の適用があるときには、Cの前記弁済が、有効なものとして扱われる。これにより、弁済が有効とみなされ、当該債権は消滅し、債務者は債務を免れる。*5

  <判例

 判例(最二判昭和61年4月11日民集40巻3号558頁[百選Ⅱ[第9版]54頁]LEX/DB27100040)は、「民法478条所定の『善意』とは、弁済者において弁済請求者が真正の受領権者であると信じたことをいうものと解すべきところ、原審の前記確定事実によれば、破産会社は、本件譲渡通知により本件債権譲渡の事実は知つたものの、本件債権仮差押命令及び差押・取立命令の送達並びに石川の代理人たる弁護士の支払催告を受けて、石川が正当な取立権限を有する者と信じた、というのであるから、破産会社が善意であつたというべきである。

 そこで、次に、債権の準占有者である石川に弁済した破産会社の過失の有無について検討すると、民法467条2項の規定は、指名債権の二重譲渡につき劣後譲受人は同項所定の対抗要件を先に具備した優先譲受人に対抗しえない旨を定めているのであるから、優先譲受人の債権譲受行為又はその対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じない等の場合でない限り,優先譲受人が債権者となるべきものであつて、債務者としても優先譲受人に対して弁済すべきであり、また、債務者が、右譲受人に対して弁済するときは、債務消滅に関する規定に基づきその効果を主張しうるものである。

したがつて、債務者において、劣後譲受人が真正の債権者であると信じてした弁済につき過失がなかつたというためには、優先譲受人の債権譲受行為又は対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じないと誤信してもやむを得ない事情があるなど劣後譲受人を真の債権者であると信ずるにつき相当な理由があることが必要であると解すべきである」と判断したものがある。*6

  (3)よって、請求は認められるor認められない。

※法的評価次第ではいずれの結論もあり得ると考えられる。

 2 後段

  (1)AのBに対する請求の内容

 「物権の…移転」については、意思主義が採られているから、原則として、その意思表示によってのみ生じる(176条)。

 そうすると、A B間では前記のとおり、売買契約が締結されているため、B(売主)は既に甲の所有権を失っている。そのため、Cから損害賠償金の支払いを受ける基礎を失っていることになる。

 そこで、不当利得返還請求(703条)を行使することになる。

  (2)請求の当否

 Bには有効な反論が認められないため、前記Aの請求は認められる。

以上

 

[1] なお、本件が被害車両の所有者が、それを売却し、事故当時の価格と売却代金との差額を損害として賠償を請求した事案であった点には注意を要する。

*1:「他人の権利又は法律上保護される利益」

*2:「故意…によって…を侵害した者」

*3:「これによって生じた損害」

*4:<その他不法行為において想定される反論一覧>

①過失の評価障害事実

②過失相殺

③被害者「側」の過失の評価根拠事実

④被害者の素因

⑤損益相殺又は損益相殺的な調整

⑥(主観的・客観的)消滅時効

*5:なお、この場合、弁済者は、受領権者に対しての外観を有する者に対し返還請求をすることができない(大判大正7年12月7日)。

*6:判例の理論を前提とすれば、物権の場合にも登記が対抗要件とされていることとパラレルに考え、その考え方を適用することができそうである。