司法試験に合格するまでに使った演習書・問題集(基本書以外)

※一受験生の勉強内容であることにご注意下さい。また、過去問は含んでおりません。

 

1 憲法

  ・憲法ガール

  ・憲法演習サブノート

  ・合格思考

  ・スタンダード100

  ・問題研究

  ・加藤ゼミナール論証集

 

2 行政法

  ・事例研究行政法

  ・事例で考える行政法

  ・スタンダート100

  ・基本行政法判例演習

 

3 民法

  ・事例から考える民法

  ・ロープラクティス民法(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)

  ・民法演習サブノート

  ・スタンダード100

  ・旧司(一部)※債権法改正前を含む。

  ・ロースクールの授業で扱った問題

  ・民法総合、事例演習

  ・問題研究

  ・重問

 

4 商法・会社法

  ・会社法事例演習教材

  ・事例で考える会社法

  ・ロープラクティス会社法

  ・旧司(一部)

  ・重問

 

5 民事訴訟

  ・ロジカル演習民事訴訟

  ・基礎演習民事訴訟

  ・事例で考える民事訴訟

  ・ロープラクティス民事訴訟

  ・スタンダード100

  ・問題研究

  ・重問

 

6 刑法

  ・刑法事例演習教材

  ・刑法演習サブノート

  ・刑法演習ノート21問

  ・徹底チェック刑法

  ・問題研究

  ・重問

 

7 刑事訴訟法

  ・事例演習刑事訴訟法

  ・エクササイズ刑事訴訟法

  ・問題研究

  ・重問

 

8 知的財産法

  ・知的財産法演習ノート23問

  ・論文基本問題⑩知的財産法80選

  ・えんしゅう本3知的財産法

 

9 要件事実

  ・新問題研究 要件事実

  ・紛争類型別の要件事実

  ・要件事実入門(紛争類型別編)

  ・完全講義ー民事裁判実務の基礎(上巻)

  ・要件事実論30講

  ・要件事実マニュアル

R5年度九州大学ロースクール入学試験問題(民法)

<2023年九州大学ロースクール民法)>

 

【問題1】(配点20点)

 1 AのCに対する請求の内容

 Cによる甲への放火による焼失を理由とした不法行為に基づく損害賠償請求(709条)

 2 訴訟物

 不法行為に基づく損害賠償請求権

 3 請求原因

  (1)Bは、2022年9月1日、Aに対し、甲を代金200万円で売った*1

  (2)Cは、2022年9月10日、甲に放火し、焼失させた*2

  (3)焼失当時の甲の財産的価値は300万円を下らない*3

 4 反論

  (1)反論の内容*4

   ①生じた損害の額は、200万円である。

   ②Cは放火当時、AとBとの面識がなかった(?)

  (2)反論の当否

   <①について>

  「損害」の定義について、判例は、不法行為がなかったと仮定した場合の被害者が置かれている利益状況と不法行為がされた後の被害者の利益状況の差額を金銭で表示したものであるとする(最三判昭和56年12月22日民集35巻9号1350頁(差額説))。

 判例にも、物が破損した場合の損害額の算定にあたり、修理が不可能なのであれば、その物と同種・同等の物を市場で調達(入手)するのに要する価格相当額が賠償の対象となると判断している(最二判昭和49年4月15日民集28巻3号385頁)[1]

  本件では、A Bでの甲の売買契約では、代金額は200万円とされていたが、その客観的価値は、300万円であるため、Cの放火による焼失がなければ客観的価値として甲は300万円の価値を有していた。

 よって、その損害は、300万円である。

   <②について>

 故意とは、一定の結果が発生すべきことを意図し、又は少なくともそうした結果が発生することを認識ないし予見しながら、それを認容して行為(未必の故意まで含む)をするという心理(主観)状態をいう。

 本件では、甲の所有者がいずれの者であるか認識しておらず、故にAやBと何らの認識がなくても放火によって甲が焼失することは容易に予見可能であった。

 よって、Cの反論は、いずれも失当

 

【問題2】(配点10点)

 ※「簡潔」に説明することが求められている。

 1 A B間における甲の売買契約の解除の可否

 A B間の契約:目的となる財産権を甲とした売買契約(555条)

 特約の有無:なし

 原則(民法):Aは、Cによる放火までの間に甲の引き渡しを受けている。

 そうすると、567条1項の適用がある。

 よって、Aは、前記売買契約の解除をすることはできない。

 2 既払代金の返還請求の当否

 前記1のとおり、前記売買契約の解除をすることができない以上、既払代金の返還を請求することはできない。

 

【問題3】(配点20点)

 1 前段

  (1)AのCに対する請求の内容

 前記【問題1】のとおり

  (2)請求の当否

 前記請求の根拠は、甲の所有権を「A」が有していることにある。そのため、債権者は、Aである。

 そうすると、Cが債権者でないBに対して支払った300万円は弁済として無効である(原則)。

 しかし、478条の適用があるときには、Cの前記弁済が、有効なものとして扱われる。これにより、弁済が有効とみなされ、当該債権は消滅し、債務者は債務を免れる。*5

  <判例

 判例(最二判昭和61年4月11日民集40巻3号558頁[百選Ⅱ[第9版]54頁]LEX/DB27100040)は、「民法478条所定の『善意』とは、弁済者において弁済請求者が真正の受領権者であると信じたことをいうものと解すべきところ、原審の前記確定事実によれば、破産会社は、本件譲渡通知により本件債権譲渡の事実は知つたものの、本件債権仮差押命令及び差押・取立命令の送達並びに石川の代理人たる弁護士の支払催告を受けて、石川が正当な取立権限を有する者と信じた、というのであるから、破産会社が善意であつたというべきである。

 そこで、次に、債権の準占有者である石川に弁済した破産会社の過失の有無について検討すると、民法467条2項の規定は、指名債権の二重譲渡につき劣後譲受人は同項所定の対抗要件を先に具備した優先譲受人に対抗しえない旨を定めているのであるから、優先譲受人の債権譲受行為又はその対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じない等の場合でない限り,優先譲受人が債権者となるべきものであつて、債務者としても優先譲受人に対して弁済すべきであり、また、債務者が、右譲受人に対して弁済するときは、債務消滅に関する規定に基づきその効果を主張しうるものである。

したがつて、債務者において、劣後譲受人が真正の債権者であると信じてした弁済につき過失がなかつたというためには、優先譲受人の債権譲受行為又は対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じないと誤信してもやむを得ない事情があるなど劣後譲受人を真の債権者であると信ずるにつき相当な理由があることが必要であると解すべきである」と判断したものがある。*6

  (3)よって、請求は認められるor認められない。

※法的評価次第ではいずれの結論もあり得ると考えられる。

 2 後段

  (1)AのBに対する請求の内容

 「物権の…移転」については、意思主義が採られているから、原則として、その意思表示によってのみ生じる(176条)。

 そうすると、A B間では前記のとおり、売買契約が締結されているため、B(売主)は既に甲の所有権を失っている。そのため、Cから損害賠償金の支払いを受ける基礎を失っていることになる。

 そこで、不当利得返還請求(703条)を行使することになる。

  (2)請求の当否

 Bには有効な反論が認められないため、前記Aの請求は認められる。

以上

 

[1] なお、本件が被害車両の所有者が、それを売却し、事故当時の価格と売却代金との差額を損害として賠償を請求した事案であった点には注意を要する。

*1:「他人の権利又は法律上保護される利益」

*2:「故意…によって…を侵害した者」

*3:「これによって生じた損害」

*4:<その他不法行為において想定される反論一覧>

①過失の評価障害事実

②過失相殺

③被害者「側」の過失の評価根拠事実

④被害者の素因

⑤損益相殺又は損益相殺的な調整

⑥(主観的・客観的)消滅時効

*5:なお、この場合、弁済者は、受領権者に対しての外観を有する者に対し返還請求をすることができない(大判大正7年12月7日)。

*6:判例の理論を前提とすれば、物権の場合にも登記が対抗要件とされていることとパラレルに考え、その考え方を適用することができそうである。

R5慶應義塾大学ロースクール既修者入学試験(民法)

<設問1>

第1 Dの主張

 1 Dの請求の内容

 甲4階及び甲5階の明渡し

 2 訴訟物

 (建物)賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権としての(甲)建物明渡請求権

 3 原因

  (1)Aは、2021年5月20日、Bに対し、甲4階及び甲5階を以下の条件で賃貸し、引き渡した*1

    ①目的 スポーツ・ショップの営業

    ②期間 2021年6月1日から5年間

    ③賃料 1ヶ月あたり100万円。毎月25日までに翌月分を支払う。

  (2)Bは、2022年5月15日、甲5階を賃料100万円(翌月分を前月25日までに支払う)、期間を同年6月1日から4年間として、Cに賃貸する契約を締結し、引き渡し、Cは、改装の上、スポーツ・バーの営業を開始した*2

  (3)Aは、2023年3月1日、Dに対し、甲を代金5億円で売った*3

  (4)Dは、甲についての所有権移転登記を経由した*4

第2 B及びCの主張

 1 反論の内容

  (1)、(3)及び(4)は争わないものと思われる。

 ※また、605条の2第2項前段該当性は、【事実】からは不明である。

  (2)について、その事実自体は争わないものと思われる。

 そこで、

    ❶ 信頼関係不破壊の主張

    ❷ Dは、甲の売買にあたり、事前の案内と異なり、甲5階がスポーツ・バーとして利用されていることを知ったが、人気があるように見えたので、気に入って咎めていないことから、未だ賃貸人ではないとしても、賃貸人の地位を継承以降も許容する旨の黙示の許諾があった。

第3 両当事者の主張の妥当性

 >>>略

 

<設問2>

第1 Cの主張

 1 Cの請求の内容

 Cが甲5階の補修費用として支出した200万円の支払請求

 2 訴訟物

 民法608条1項に基づく必要費償還請求権

 3 原因

  (1)Bは、2022年5月15日、Cに対し、甲5階を賃料月額100万円(翌月分を前月25日までに支払う)、期間を同年6月1日から4年間として、Cに賃貸する契約を締結し、引き渡し、Cは、改装の上、スポーツ・バーの営業を開始した。

  (2)2023年6月1日、大地震の発生により甲の屋上部分に亀裂が生じ、甲5階は雨漏りをするようになった。

  (3)Cは、Bに対し(2)の修繕をするように求めたが、応じなかった*5

  (4)2023年6月10日、Cは、ある業者に依頼し、200万円を支払って、屋上の補修を行った。

*6

第2 Bの反論

 1 本件に限らず、想定される賃貸人の反論の内容

  (1)606条1項本文にいう「賃貸物の使用及び収益に必要な修繕」に当たらない。

 

 Bが事実上倒産し、無資力であるケースでは、まず、BのDに対する修補請求権を被代位権利としたCがBに対して有する修補請求権(被保全債権)の債権者代位権行使が考えられる。

 また、他の方法として、Bが事実上倒産し、無資力であるケースでは、Cとしては、賃料との相殺することで支払った補修費用を回収する*7

 

 

*1:「建物」賃貸借より、第三者対抗要件を具備(借地借家法31条)。

*2:無断転貸の事実(612条1項)

*3:借地借家法…第31条…の規定による賃貸借の対抗要件を備えた場合」における「その不動産が譲渡されたとき」(605条の2第1項)に当たり、「その不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転」(D)したことになる。

*4:「第1項…の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。」(605条の2第3項)

*5:607条の2各号いずれにも当てはまる?

*6:本件では、必要な修繕であることを認定した上で、いずれの反論にも理由がない(なお、記載例には本件に何ら関係がない事項も含まれる)。

*7:BC間の賃貸借契約は、202年6月1日から4年間とされているため、補修費用を回収するだけの賃貸借期間が残存している。

中央大学ロースクール2023年入学試験(民事訴訟法)

【中央ロースクール2023年入学試験[民事訴訟法]】

1 設問1

 Yの反論に妥当性があるか否かによってXのYに対する訴えの適法性が決せられる。

  (1)判断方法

 いわゆる論証例としての確認の利益の判断基準

  (2)あてはめ

   ア 確認方法の適切性

 給付の訴えによるなどの他に適切な方法があるか否か(本件の争点)

 本件訴訟 X→Y:甲建物所有権確認の訴え

  [Yの反論]

 『所有権に基づいて給付の訴えを提起できる場合には、所有権の確認のみを求める訴えは不適法である。』

 Yの指摘する訴えでは、その既判力は、所有権に基づく給付の確定判決について生じるにとどまり、その理由中の判断である甲建物の所有権の帰属に係る判断には生じない。そして、本件での紛争は、XとYとの間に甲建物所有権をめぐって紛争が生じている以上、甲建物所有権がいずれの者にあるのかという点についての公権的判断が求められる。

 よって、所有権に基づく給付の訴えでは、紛争の実効的な解決が見込めないから、他により適切な方法があるとはいえない。

 よって、Yの反論は妥当性がない。

(※もっとも、給付の訴えの中で中間確認の訴え(甲建物所有権確認の訴え)を提起するという方法があり得る。)

   イ 確認対象の適切性

   ウ 即時確定の利益

※紙面制限があるため、イウについては論じないor極めてコンパクトに論じる?

※なお、確認の利益に係る論証は「方法」→「対象」→「即時確定」の順である(元司法試験予備試験民事訴訟法考査委員)。

 

2 設問2

 問われているのは、中間確認の訴えによって定立された請求の口頭弁論分離の可否

  (1)中間確認の訴えの趣旨

 前記のとおり、理由中の判断に既判力が生じないことから、訴訟物と密接な関係を有する先決関係につき、訴訟で争ったとしても事後的に別訴で争われ、紛争が蒸し返されることを防止するなど…

  (2)あてはめ

 原則:152条1項

 本件への当てはめ:修正の必要性?

以上

最高裁判所平成22年12月16日判決と真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記

〈事案の概略〉

 1 本件の本訴請求は,上告人が,被上告人らに対し,上告人及び被上告人らの共有名義で登記されている第1審判決別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)について共有物分割を求めるなどするものであり,反訴請求は,被上告人X1が,上告人に対し,本件土地につき,真正な登記名義の回復を原因とする上告人持分全部移転登記手続を求めるものである。

 

〈事実関係〉
2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)ア 本件土地は,上告人がもと所有していた。
イ 上告人は,昭和63年9月ころ,Aに対し,本件土地を贈与した(以下,この贈与を「本件贈与」という。)。
ウ Aは,平成17年1月10日,死亡し,その共同相続人の一人である被上告人X1が,遺産分割協議により,本件土地を単独で取得した(以下,この相続を「本件相続」という。)。
(2) 本件土地については,持分10分の3の上告人名義の持分登記がある。
(3) 被上告人X1は,反訴の請求原因として,本件贈与と本件相続の事実を主張する。

 

〈判旨〉

「不動産の所有権が、元の所有者から中間者に、次いで中間者から現在の所有者に、順次移転したにもかかわらず、登記名義がなお元の所有者の下に残っている場合において、現在の所有者が元の所有者に対し、元の所有者から現在の所有者に対する真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を請求することは、物権変動の過程を忠実に登記記録に反映させようとする不動産登記法の原則に照らし、許されないものというべきである。」

 

 

 なお、実務上、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記が認められている。

[請求原因]

 ア 原告もと所有

 イ 被告名義の登記の存在(口頭弁論終結時までのものに限る)

 

[記載例]〜登記原因証明情報〜(不登法61条)

 1  登記申請情報 (不登法18条柱書)

  (1)  登記の目的  所有権移転

  (2)  登記の原因  真正な登記名義の回復

  (3)  当事者    権利者 A

           義務者   B

  (4)  不動産の表示 後記のとおり

 2  登記の原因となる事実又は法律行為(不登法59条3号)

  (1)  現在の登記名義人の摘示

        ex.本件土地につき、令和〇〇年XX月△△日売買を原因とするCからBへの所有権移転登記がある。(令和〇〇地方法務局△△出張所受付第1234号)

  (2)  現在の登記名義人と真実の所有者とが実体上合致しない事実(登記権利者が真実の所有者である具体的事実)の摘示

         ex.しかし、本件登記は、売買の目的物を誤って関係書類を作成したものであり、実際はAと Cとの間において、令和〇〇XX月△△日売買を締結し、これに基づきAが Cから本件土地の所有権を取得したものである。

 ※錯誤により登記しただけでは、足りないと解されている。→売買の目的物を誤ったこと等の記載を要する。

 ※真正な登記名義の回復を原因とする場合には、日付(不登法施行令3条6号)の記載を要しない(S39.4.9民甲1505)。

  (3)  真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記の必要性を基礎付ける事実の記載

   ex①.本来、Bへの所有権移転登記を抹消し、CからAへの所有権移転登記をすべきであるが、本件土地には、◻︎◻︎銀行の抵当権(令和〇〇地方法務局△△出張所受付第5678号)が設定されており、所有権移転登記の抹消について◻︎◻︎銀行の協力が得られない。

   ex②.登記名義人が既に登記義務を果たしているため、登記手続への協力が得られない。

   ex③.抹消するにつき、協力を得られず、訴訟を待っていては経済的損害を被る。

  (4)  よって、当事者は、真正な登記名義の回復を原因として、Bから Aへ所有権を移転する登記申請(手続)をする。

最三判昭和24年4月5日刑集3巻4号421頁LEX/DB24000548(事件番号:昭和23年(れ)第1510号)

 

 

 【過剰防衛に関する重要参考判例

 

「原審は斧とは気付かず棒様のものと思つたと認定しただけでたゞの木の棒と思つたと認定したのではない、斧はたゞの木の棒とは比べものにならない重量の有るものだからいくら昂奮して居たからといつてもこれを手に持つて殴打する為め振り上げればそれ相応の重量は手に感じる筈である、当時74歳の老父(原審は被害者が実父梅吉であることの認識があつたと認定して居るのである)が棒を持つて打つてかゝつて来たのに対し斧だけの重量のある棒様のもので頭部を原審認定の様に乱打した事実はたとえ斧とは気付かなかつたとしてもこれを以て過剰防衛と認めることは違法とはいえない、論旨は採用し難い。(略)」

最一判平成9年6月5日民集51巻5号2053頁百選Ⅱ25事件[供託金還付請求権確認・供託金還付請求権取立権確認請求事件]

 1.判旨

「譲渡禁止の特約のある指名債権について、譲受人が右特約の存在を知り、又は重大な過失により右特約の存在を知らないでこれを譲り受けた場合でも、その後、債務者が右債権の譲渡について承諾を与えたときは、右債権譲渡は譲渡の時にさかのぼって有効となるが、民法一一六条の法意に照らし、第三者の権利を害することはできないと解するのが相当である(最高裁昭和四七年(オ)第一一一号同四八年七月一九日第一小法廷判決・民集二七巻七号八二三頁最高裁昭和四八年(オ)第八二三号同五二年三月一七日第一小法廷判決・民集三一巻二号三〇八頁参照)。」

 

 2.平成29年債権法改正後の解釈

 法466条2項より、債権譲渡の効力は、その効力を妨げられないから、本判例のように債務者の承諾によって譲渡時に遡求して有効となることはなくなる。そのため、116条ただし書がこのような事例では.適用されることがない。

 もっとも、預貯金債権については、従前の運用が引き継がれている(466条の5第1項)ため、本判例がなお妥当する。

 

 3.その他

 平成23年司法試験担当式試験第28問題肢1出題

(民訴法)旧司法試験平成5年度第2問

(問題)

 甲は、乙を被告として、乙に対する300万円の請負代金の支払いを求める訴えを提起し、乙は、右請負代金債権の成立を争うとともに、甲に対する100万円の売買代金債権を自働債権として甲の右請負代金債権と相殺する旨の訴訟上の相殺の抗弁を提出した。

 (1)右訴訟において、裁判所が、甲の乙に対する請負代金債権の成立を認めるとともに、乙の相殺の後年を認容して、乙に対して200万円の支払いを命ずる判決をし、これが確定した場合、この判決は、どのような効力を有するか。

(解答)

1.既判力とは、前訴判決の判断内容について後訴に対する拘束力のことをいう。具体的には、前訴事実審口頭弁論終結時における訴訟物の存在又は不存在という裁判所の判断についてこれに矛盾抵触する後訴における当事者の主張ないし裁判所の判断を排斥する作用をいう。そして、既判力は、「「主文に包含するもの」に生じ(民事訴訟法(以下、法令名を省略する)114条1項)、主文とは訴訟物のことを意味する。そのため、判決理由中の判断には既判力は生じないのが原則である。なぜなら、このように解することで、弾力的、迅速的な審理を可能とするとともに、訴訟当事者の予測可能性に資するためである。

 もっとも、114条2項は相殺の抗弁に係る判断についても例外的に既判力を及ぼす。その趣旨は、かかる判断に既判力を認めなければ、訴求債権の存否をめぐる争いが反対債権を訴訟物とする形で後訴で蒸し返されてしまい、前訴判決を無意味化してしまうためである。

 そして、同条項にいう「相殺をもって対抗した額」とは、相殺によって消滅した反対債権の不存在についてという意味である。

2.よって、本件では、判決主文である甲の乙に対する請負代金債権が200万円の限度で存在するとの判断に既判力(114条1項)が生じるとともに、理由中の判断である乙の甲に対する売買代金債権としての100万円が「相殺をもって対抗した額」として不存在であるという判断に既判力(同条2項)が生じる。

会社法(423条・429条)要件事実

1.423条1項責任

 (1)訴訟物

 X株式会社の(取締役)Yに対する会社法423条1項に基づく損害賠償請求権

 (2)請求原因

 ア Yは、請求原因イ及びウの当時、X株式会社の役員等であった

 イ Yの取締役として行われるべき具体的任務(職務)の特定及びその内容

 ウ Yが請求原因イに関し、実際に行った行為(任務懈怠)の特定

 エ X株式会社の損害の発生及びその数額

 オ 請求原因ウとエとの間に社会通念上の因果関係があること

 (3)抗弁原因以下

 ①帰責事由の不存在(428条)

 ②過失相殺(反対論あり)

 ③損益相殺

 ④総株主の同意による免除

 ⑤消滅時効

 

2.429条1項責任

 (1)訴訟物

 XのYに対する会社法429条1項に基づく損害賠償請求権

 同債務の履行遅滞に基づく損害賠償請求権

 (2)請求原因(※1)

 ア Yは、請求原因イの当時、A株式会社の役員等であったこと

 イ Yがその職務執行に関し、任務を懈怠したこと

 ウ Yは、請求原因イの行為に関し、悪意又は重大な過失を基礎付ける評価根拠事実

 エ Xが第三者であることを示す事実(※2)

 オ Xに損害が発生したこと及びその数額

 カ 請求原因イの行為と請求原因オの損害発生との間に社会通念上の因果関係があること

 キ 請求原因オの損害の発生以降に請求をしたこと(※3)

 (3)抗弁原因以下

 ①重過失の評価障害事実

 ②帰責事由の不存在

 ③過失相殺

 ④損益相殺

 ⑤消滅時効

 

※1法429条2項に基づく場合、請求原因では悪意又は重大な過失を基礎付ける評価根拠事実は抗弁に位置付けられる(429条2項柱書本文・ただし書の関係)。

※2株主の間接損害事例について通説である「第三者」該当性ではなく、損害論で検討する見解では、不要(?)

※3判例・通説によれば、429条1項に基づく役員等の損害賠償義務は、法がその責任を加重するために特に認めたものであって、不法行為に基づく損害賠償債務の性質を有するものではないから、遅滞に陥る時期は、加害行為時ではなく、請求時であるとされている。(最判平成元年9月21日判時1334号223頁)

最二判昭和37年(1962年)8月10日民集16巻8号1700頁LEX/DB27002113

 判旨

「或る物件につき、なんら権利を有しない者が、これを自己の権利に属するものとして処分した場合において真実の権利者が後日これを追認したときは、無権代理行為の追認に関する民法一一六条の類推適用により、処分の時に遡つて効力を生ずるものと解するのを相当とする(大審院昭和一〇年(オ)第六三七号同年九月一〇日云渡判決、民集一四巻一七一七頁参照)。」

 

 よって、本判決より以下の結論を導くことができる。

 

 

 ①Aが権限なく他人(B)の物をその代理人としてCに売却した場合、本人(B)がこれを追認した場合

 →無権代理人の行為を本人が後から追認をした場合に該当するから、無権代理行為は遡及的に有効となる(民法116条本文)。

 =AーC間に有効な契約関係が成立

 

 ②Aが権限なく他人(B)の物を本人のものとしてCに売却した場合、本人(B)がこれを追認した場合

 →民法116条が直接適用される場面ではないが、本判決より116条が類推適用されるが、ここでは権利者の承認による処分が遡及的に有効となるにとどまる。

 =BーC間に有効な契約関係が成立(この段階は、追認の有無は問題とならない。)、遡及的に有効となる。

(民訴法)司法試験予備試験平成29年設問2

 弁護士Lは,Xと相談した結果,差し当たり,訴え提起の時点までに既に発生した利得分の合 計300万円のみを不当利得返還請求権に基づいて請求することとした。 これに対し,Yは,この訴訟(以下「第1訴訟」という。)の口頭弁論期日において,Xに対し て有する500万円の貸金債権(以下「本件貸金債権」という。)とXの有する上記の不当利得返 還請求権に係る債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。 第1訴訟の受訴裁判所は,審理の結果,Xの不当利得返還請求権に係る債権については300 万円全額が認められる一方,Yの本件貸金債権は500万円のうち450万円が弁済されている ため50万円の範囲でのみ認められるとの心証を得て,その心証に従った判決(以下「前訴判決」 という。)をし,前訴判決は確定した。 ところが,その後,Yは,本件貸金債権のうち前訴判決において相殺が認められた50万円を 除く残額450万円はいまだ弁済されていないとして,Xに対し,その支払を求めて貸金返還請求訴訟(以下「第2訴訟」という。)を提起した。

〔設問2〕 第2訴訟において,受訴裁判所は,貸金債権の存否について改めて審理・判断をすることがで きるか,検討しなさい。

 

1既判力の客観的範囲

 (1)既判力は、「主文に包含されるもの」(民事訴訟法114条1項)に生じる。もっとも、法は例外的に相殺の抗弁について提出、判断された部分についても判決理由中の判断ではあるが、既判力を生じさせる(同条2項)。その趣旨は、訴求債権についての紛争が反対債権の存否という形に置き換えられ、紛争が後訴において蒸し返されることを防止し、判決による紛争解決の実効性を確保する点にある。そうすると、相殺の抗弁に係る判断について既判力が生じるのは、反対債権の不存在についてのみであると解される。

 (2)本件では、Xの不当利得返還請求権について裁判所は300万円存在することを認め(114条1項)、さらにYの本件貸金債権500万円のうち300万円部分については50万円部分が本件訴訟における相殺の抗弁によって不存在となり、残りの250万円部分については元々不存在であるとの判断をしており、かかる判断に既判力が生じている(同条2項)。

 (3)したがって、本判決を前提とすると、後訴請求は残部の450万円を求めるものであり、その全ては前訴確定判決に係る既判力によっては遮断されない。

2既判力によって処理できない部分の処理

 (1)114条2項の文言からも明らかな通り、相殺の抗弁に係る判断のうち既判力が生じるのは「相殺をもって対抗した額」であるから、訴求債権を超える200万円部分については前訴判決の既判力は生じていない。そうすると、少なくとも後訴請求を前訴確定判決に係る既判力によって遮断することはできない。

 (2)しかし、前訴における本件貸金債権の存否に係る判断は、その対抗のために主張された部分のみを審理するものではなく、債権全体についてされるものであるし、訴求債権に満たない額しか認容されていない場合には、もはや対抗主張がされなかった残部は存在しないものと考えるのが合理的であるといえる。そうすると、前訴確定判決に係る既判力が生じていない本件貸金債権のうち前訴訴求債権額である300万円を超える200万円部分(請求としては450万円)を後訴で改めて訴求することは実質的には前訴で既に決着済みである部分を請求するものであり、紛争を蒸し返すものであるといえる。したがって、このような場合、前訴確定判決によってもはや本訴訟物に関する争いは解決され、応訴の必要はないとの被告の合理的意思を法的に保護すべく、訴訟上の信義則(2条)に反し、許されないものと解する。

 (3)よって、後訴裁判所としては、前訴確定判決に係る既判力が生じていない200万円部分の請求についても改めて審理判断することができない。

以上

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(民法)司法試験予備試験平成27年

1.Aは,A所有の甲建物において手作りの伝統工芸品を製作し,これを販売業者に納入する事業を営んできたが,高齢により思うように仕事ができなくなったため,引退することにした。Aは,かねてより,長年事業を支えてきた弟子のBを後継者にしたいと考えていた。そこで,Aは,平成26年4月20日,Bとの間で,甲建物をBに贈与する旨の契約(以下「本件贈与契約」という。)を書面をもって締結し,本件贈与契約に基づき甲建物をBに引き渡した。本件贈与契約では,甲建物の所有権移転登記手続は,同年7月18日に行うこととされていたが,Aは,同年6月25日に疾病により死亡した。Aには,亡妻との間に,子C,D及びEがいるが,他に相続人はいない。なお,Aは,遺言をしておらず,また,Aには,甲建物のほかにも,自宅建物等の不動産や預金債権等の財産があったため,甲建物の贈与によっても,C,D及びEの遺留分は侵害されていない。また,Aの死亡後も,Bは,甲建物において伝統工芸品の製作を継続していた。

2.C及びDは,兄弟でレストランを経営していたが,その資金繰りに窮していたことから,平成26年10月12日,Fとの間で,甲建物をFに代金2000万円で売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。本件売買契約では,甲建物の所有権移転登記手続は,同月20日に代金の支払と引換えに行うこととされていた。本件売買契約を締結する際,C及びDは,Fに対し,C,D及びEの間では甲建物をC及びDが取得することで協議が成立していると説明し,その旨を確認するE名義の書面を提示するなどしたが,実際には,Eはそのような話は全く聞いておらず,この書面もC及びDが偽造したものであった。

3.C及びDは,平成26年10月20日,Fに対し,Eが遠方に居住していて登記の申請に必要な書類が揃わなかったこと等を説明した上で謝罪し,とりあえずC及びDの法定相続分に相当する3分の2の持分について所有権移転登記をすることで許してもらいたいと懇願した。これに対し,Fは,約束が違うとして一旦はこれを拒絶したが,C及びDから,取引先に対する支払期限が迫っており,その支払を遅滞すると仕入れができなくなってレストランの経営が困難になるので,せめて代金の一部のみでも支払ってもらいたいと重ねて懇願されたことから,甲建物の3分の2の持分についてFへの移転の登記をした上で,代金のうち1000万円を支払うこととし,その残額については,残りの3分の1の持分と引換えに行うことに合意した。そこで,同月末までに,C及びDは,甲建物について相続を原因として,C,D及びEが各自3分の1の持分を有する旨の登記をした上で,この合意に従い,C及びDの各持分について,それぞれFへの移転の登記をした。

4.Fは,平成26年12月12日,甲建物を占有しているBに対し,甲建物の明渡しを求めた。Fは,Bとの交渉を進めるうちに,本件贈与契約が締結されたことや,【事実】2の協議はされていなかったことを知るに至った。Fは,その後も,話し合いによりBとの紛争を解決することを望み,Bに対し,数回にわたり,明渡猶予期間や立退料の支払等の条件を提示したが,Bは,甲建物において現在も伝統工芸品の製作を行っており,甲建物からの退去を前提とする交渉には応じられないとして,Fの提案をいずれも拒絶した。

5.Eは,その後本件贈与契約の存在を知るに至り,平成27年2月12日,甲建物の3分の1の持分について,EからBへの移転の登記をした。

6.Fは,Bが【事実】4のFの提案をいずれも拒絶したことから,平成27年3月6日,Bに対し,甲建物の明渡しを求める訴えを提起した。

〔設問1〕

FのBに対する【事実】6の請求が認められるかどうかを検討しなさい。

〔設問2〕

Bは,Eに対し,甲建物の全部については所有権移転登記がされていないことによって受けた損害について賠償を求めることができるかどうかを検討しなさい。なお,本件贈与契約の解除について検討する必要はない。

 

<解答>

第1 設問1

 1 権利関係の把握

 Fの請求は、甲建物に係る所有権を有しており、その旨の所有権移転登記を有していることを根拠として、所有権に基づく返還請求としての甲建物明渡請求であると考えられる。

 2 FのBに対する所有権に基づく請求とBの反論の妥当性

 (1)Bは、生前にAから甲建物を贈与されていることから、自身に権利があると主張する。そこで、上記のように相反する主張をするB及びFとの関係を確定する必要がある。所有権を「第三者」(民法(以下、法令名省略)177条)に対抗するためには、その権利変動を公示する「登記」を要するため、まずFの請求に対する関係でBが「第三者」にあたるか決する。

  ア 177条の趣旨は、隠れた物権変動による不測の損害を与えることを防ぎ、もって取引の安全を図ることにある。そこで、本条にいう「第三者」とは、当事者及びその包括承継人以外の者であって、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいう。

  イ 本件では、BはAから甲建物の贈与を受けていた。一方、FもAから甲建物を共同相続したCDから甲建物を購入している。そうすると、更なる詳細な事実関係は不明であるが、先にBはAから甲建物所有権を取得したが、この不完全な物権変動のなか、FはC Dから甲建物所有権を取得しており、両者はA及びその包括承継人であるC、D及びEを起点とした二重譲渡の関係があり、いわゆる背信的悪意者と認められるような事情も見受けられないから、相互に登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者であるといえる。

  ウ よって、FがBに甲建物所有権取得を対抗するためには、これに対応する登記の具備を要する。

 (2)本件では、Bは、甲建物の1/3に相当する所有権移転登記を、Fは、甲建物の2/3に相当する所有権移転登記を、それぞれ経由しており、各自が登記を具備した権利の範囲内では第三者に対抗することができるが、Fは、甲建物の全部を第三者に対抗することができるだけの登記を有していない。

 (3)よって、FのBに対する所有権に基づく返還請求権としての甲建物明渡請求はBの反論に理由があるから、認められない。

 3 FのBに対する共有持分権に基づく請求

 (1)各共有持分権者は、それぞれ有する共有持分権に応じてその全部を使用することができる(249条1項)。したがって、たとえ多数共有持分権者による少数持分権者への明渡請求であっても、少数持分権者に上記占有権原がある以上、明渡しを求める理由の主張立証がされないときは、当然には明渡請求は認められない。

 本件では、Fは、甲建物の2/3に相当する共有持分権を有している一方、Bは、甲建物の1/3に相当する共有持分権を有しており、FのBに対する本件請求は多数持分権者から少数持分権者への明渡請求であるといえるが、Fはその明渡しを求める具体的な理由等を何ら主張立証しない以上、その請求は認められない。

 よって、FのBに対する共有持分権を理由とする明渡請求は認められない。

 (2)なお、上記のとおり、明渡しを求めることができないことと共有物を持分割合に応じて使用することができることとは同一ではないから、Bはその持分割合を超える2/3に相当する使用利益については、その使用対価をFに償還する必要がある(249条2項)。

第2 設問2

 1 Bの請求内容の特定とその根拠

 BのEに対する主張は、甲建物の全部についての所有権移転登記がされなかったことによって受けた損害の賠償を求めるものである。そして、甲建物の所有権移転登記の登記原因は、Aの平成26年4月20日における贈与(549条)にあるところ、Eは、そのAの相続人として被相続人Aに属した一切の権利義務を承継した者である(882条、887条1項、890条本文)。

 したがって、Bの上記請求の根拠は、贈与契約における贈与者による受贈者に対抗要件を備えさせる義務の不履行を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求であると考えられる(559条、560条、549条、415条1項本文)。

 2 請求原因と抗弁原因の妥当性

 (1)Bの主張によれば、贈与契約締結の事実(事実1)が認められる。また、不履行の事実につき、確かにEは自身の持分に相当する1/3の割合の所有権移転登記をBに備えさせているが、甲建物全部に係る所有権移転登記を具備させるには至っておらず、所有権移転登記義務が不可分債務(430条参照)であることから、客観的にこれが認められる。そして、これにより損害の発生(及び数額)が認められ、因果関係も肯定されるといえる。

 (2)これに対し、Eは、帰責事由(415条1項ただし書)の不存在を主張する。これは「債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」という観点から判断する。

 本件では、本来であればC、D及びEはBに対し所有権移転登記を経由させなければならなかったにもかかわらず、2/3に相当する部分についてはEが何ら関与することなく、C DによってFに売却後、登記をしたものであった。また、Eが上記事態を認識したのは、このような登記がされた後であった。その上で、その後は現に自身の持分に係る1/3の部分についてはBへの所有権移転登記をおこなっている。そうすると、発生した債務自体は自身の元ではなく、あくまで被相続人Aの下で発生したものであり、契約張本人であるわけではなかったものと言えることを前提に、C Dによる虚偽の遺産分割協議が成立している旨の書面が偽造され、Eを排除してなされたなどの事実関係の下では社会通念に照らして債務者Eの責めに帰すべき事由は存しないといえる。

 (3)よって、Eの抗弁には理由があるから、Bの請求は認められない。

(民法)司法試験予備試験令和元年

 [民法] 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

【事実】

1.Aは早くに妻と死別したが,成人した一人息子のBはAのもとから離れ,音信がなくなってい た。Aは,いとこのCに家業の手伝いをしてもらっていたが,平成20年4月1日,長年のCの 支援に対する感謝として,ほとんど利用していなかったA所有の更地(時価2000万円。以下 「本件土地」という。)をCに贈与した。同日,本件土地はAからCに引き渡されたが,本件土 地の所有権の移転の登記はされなかった。

2.Cは,平成20年8月21日までに本件土地上に居住用建物(以下「本件建物」という。)を 建築して居住を開始し,同月31日には,本件建物についてCを所有者とする所有権の保存の 登記がされた。

3.平成28年3月15日,Aが遺言なしに死亡し,唯一の相続人であるBがAを相続した。Bは, Aの財産を調べたところ,Aが居住していた土地建物のほかに,A所有名義の本件土地がある こと,また,本件土地上にはCが居住するC所有名義の本件建物があることを知った。

4.Bは,多くの借金を抱えており,更なる借入れのための担保を確保しなければならなかった。 そこで,Bは,平成28年4月1日,本件土地について相続を原因とするAからBへの所有権の 移転の登記をした。さらに,同年6月1日,Bは,知人であるDとの間で,1000万円を借り 受ける旨の金銭消費貸借契約を締結し,1000万円を受領するとともに,これによってDに対 して負う債務(以下「本件債務」という。)の担保のために本件土地に抵当権を設定する旨の抵 当権設定契約を締結し,同日,Dを抵当権者とする抵当権の設定の登記がされた。

5.BD間で【事実】4の金銭消費貸借契約及び抵当権設定契約が締結された際,Bは,Dに対し, 本件建物を所有するCは本件土地を無償で借りているに過ぎないと説明した。しかし,Dは, Cが本件土地の贈与を受けていたことは知らなかったものの,念のため,対抗力のある借地権 の負担があるものとして本件土地の担保価値を評価し,Bに対する貸付額を決定した。

 

〔設問1〕 Bが本件債務の履行を怠ったため,平成29年3月1日,Dは,本件土地について抵当権の実 行としての競売の申立てをした。競売手続の結果,本件土地は,D自らが950万円(本件債務の 残額とほぼ同額)で買い受けることとなり,同年12月1日,本件土地についてDへの所有権の移 転の登記がされた。同月15日,Dが,Cに対し,本件建物を収去して本件土地を明け渡すよう請 求する訴訟を提起したところ,Cは,Dの抵当権が設定される前に,Aから本件土地を贈与された のであるから,自分こそが本件土地の所有者である,仮に,Dが本件土地の所有者であるとしても, 自分には本件建物を存続させるための法律上の占有権原が認められるはずであると主張した。 この場合において,DのCに対する請求は認められるか。なお,民事執行法上の問題について は論じなくてよい。 【事実(続き)】(〔設問1〕の問題文中に記載した事実は考慮しない。)

6.平成30年10月1日,Cは,本件土地の所有権の移転の登記をしようと考え,本件土地の登 記事項証明書を入手したところ,AからBへの所有権の移転の登記及びDを抵当権者とする抵 当権の設定の登記がされていることを知った。

 

〔設問2〕

平成30年11月1日,Cは,Bに対し,本件土地の所有権移転登記手続を請求する訴訟を,Dに対し,本件土地の抵当権設定登記の抹消登記手続を請求する訴訟を,それぞれ提起した。

このうち,CのDに対する請求は認められるか。

 

第1 設問1

 1 DのCに対する請求と本件における争点

 DのCに対する請求は、本件土地所有権に基づく返還請求権としての(建物収去)土地明渡請求である。その請求原因事実は、ア Dが本件土地の所有権を有すること、イ Cが本件土地上に建物を所有し、土地を占有していること、である。このうち、本件で争点となるのは、アである。

 2 Cの抗弁とその妥当性

 (1)Cは、自分こそが本件土地の所有者であると主張する(抗弁①)。また、仮にこれが認められないとしても、Cには本件土地を占有する法律上の占有権原があると主張する(抗弁②)。

 (2)本件事実関係によれば、Dは、BがDに負う本件債務の担保のために本件土地の所有者Aの相続人Bから本件土地の抵当権設定を受け、抵当権の実行としての競売により自ら本件土地を買い受けたことが認められる。他方、本件土地は抵当権の設定がされる前にCがAから贈与を受けている。そうすると、CとDは、本件土地についての権利主張は元々本件土地を所有していたAの所有権を承継したところに求められるため、CとDは本件土地の所有権を争う関係に立つ。

  ア この点、不動産の物権変動について民法(以下、法令名省略)177条は、登記を具備しなければ「第三者」に対抗することができないと規定する。本条の趣旨は、隠れた物権変動による不測の事態を防止し、不動産取引の安全を図る点にある。そこで、本条にいう「第三者」とは、当事者及びその包括承継人以外の者であって、登記の欠缺を主張する正当な利益を有することをいう。

  イ 本件では、CはAから本件土地の贈与を受けて本件土地につき正当な利益を有している。一方、DもAから本件土地を相続したBから本件抵当権設定を受けた上で競売により所有権を取得しているので、本件土地につき正当な利益を有している。そうすると、CとDは、当事者及びその包括承継人以外の者であって、それぞれ他方に対して登記の不存在を主張する正当な利益を有する者として相互に177条の「第三者」にあたる。したがって、その優劣は登記具備の先後によって決せられる。

  ウ よって、Dは、Cが登記を具備するよりも前に、Dの所有権取得の根源となる抵当権設定登記を具備しているから、本件土地の所有権についてDがCに優先する。

 よって、抗弁①は理由がない。

 (3)Cの抗弁②の内容は、法定地上権(388条)の成立による占有権原であると考えられるため、以下その成否を検討する。[1]

  ア 法定地上権は、①抵当権設定時に土地上に建物が存在し、②その設定当時、土地と土地上の建物が同一の所有者に帰属する状態で、③土地又は建物につき抵当権が設定され、④その実行により所有者を異にするに至ったとき、にその建物について設定される。

  イ 本件では、本件土地に抵当権が設定された当時、本件建物が存在し(①)、その後、本件土地につき抵当権が設定され(③)、その実行により本件土地の所有権をDが取得したことで、本件建物はCの所有となり、本件土地と建物の所有者を異にするに至った(④)ということができる。問題は、Cは本件土地の所有権をDに対抗できないため、Dとの関係では抵当権設定当時には本件土地と本件建物の所有者が同一であったと言えるかが問題となる(②)。

  ウ 法定地上権の趣旨は、抵当権の実行により建物を取り壊すことで生じる社会経済上の不利益の回避をするという公益を図る要請と、一方で法定地上権の成立により抵当権者に不測の損害を与えないようにするという要請との調査にある。そして、土地に抵当権の設定を受けようとする者は、土地の担保価値を評価するため、事前に現地調査をするのが通常であり、その際現実に土地上に建物が存在すれば法定地上権が成立することを予期して土地の担保価値を把握することができる。したがって、抵当権設定時に土地と建物の登記名義が同一でないときに法定地上権の成立を認めても抵当権者に不測の損害を与えない。このことから、土地と建物の登記名義が同一でないときであっても、実体法上の所有者が同一であれば、抵当権の実行により建物を取り壊すことで生じる社会経済上の不利益を回避するという法定地上権の趣旨を実現するために法定地上権の成立を肯定することは許容されると解すべきである。

  エ 本件では、本件土地に抵当権が設定された当時、本件土地の所有権はAからの贈与によりAが取得しており、本件土地と本件建物の所有権はCに帰属していた。そうすると、その当時、Cは本件土地については所有権移転登記を具備していなかったが、このことが法定地上権の成立を妨げる理由とはならない(②)。

  オ よって、本件では法定地上権の成立の要件を全て充足するから、Cの法律上の占有権原をいう抗弁②には理由がある。

 3 したがって、DのCに対する請求は認められない。

第2 設問2

 1 取得時効の成立要件の充足

 本件土地をAから贈与されたCは、平成20年4月1日に引き渡しを受けて以来占有を開始しているため、平成30年4月1日の経過時点で本件土地を10年間占有していたものといえる(140条本文)。そして、所有の意思の有無は、占有の取得原因により客観的に決せられるところ、贈与により占有を取得したCにはその占有取得の原因から所有の意思が認められる。さらに、Cは占有開始後に居住用の建物を建てて上記土地占有を継続し、その間に特に土地占有を強暴により継続したり、隠避したりしているわけではないから、平穏かつ公然と(186条1項参照)、自己の物を占有しているといえる。加えて、CはAから長年の支援に感謝され、本件土地の贈与を受けており、Aの権限に疑念を差し挟むべき特段の事情も見受けられなかったものということができるから、占有開始時にCがAから有効に所有権を取得したと信じ、かつ、そう信じたことに過失は認められず、善意かつ無過失も認められる。最後に、CがDに抵当権設定登記の抹消手続を求めて訴訟を提起していることから、Cは時効の援用の意思表示(145条)をしたということができる。

 2 取得時効の対抗の可否

 すなわち、Cが実体法上、本件土地の所有権を時効取得するとしても、その取得を登記なくDに対抗することができるかは別である。

 この点、時効取得者は、時効完成前に登記を具備できない反面、時効完成後は登記を具備できることを踏まえると、時効完成後に利害関係に入った第三者との関係では登記なくして時効取得を対抗できないが、時効完成前の第三者との関係では前主後主として承継取得の当事者類似にあるものとして、登記なくして時効取得を対応できると解する。

 本件では、Cは、Dが平成28年6月1日に本件土地につきBから抵当権の設定を受けて利害関係に入った後となる平成30年4月1日月経過した時点で本件土地を時効取得している。そうすると、Dは時効完成前の第三者であるから、Cが時効取得を対抗するためには登記を要しない。

 3 よって、CのDに対する請求は認められる。

 

[1]民法388条本文は、『土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす。』と規定するが、その根拠は、土地と建物が同一所有者に属している場合には、その一方につき抵当権を設定し将来土地と建物の所有者を異にすることが予想される場合でも、これにそなえて抵当権設定時において建物につき土地利用権を設定しておくことが現行法制のもとにおいては許されないところから、競売により土地と建物が別人の所有に帰した場合は建物の収去を余儀なくされるが、それは社会経済上不利益であるから、これを防止する必要があるとともに、このような場合には、抵当権設定者としては、建物のために土地利用を存続する意思を有し、抵当権者もこれを予期すべきものであることに求めることができる。してみると、建物につき登記がされているか、所有者が取得登記を経由しているか否かにかかわらず、建物が存立している以上、これを保護することが社会経済上の要請にそうゆえんであって、もとよりこれは抵当権設定者の意思に反するものではなく、他方、土地につき抵当権を取得しようとする者は、現実に土地をみて地上建物の存在を了知しこれを前提として評価するのが通例であり、競落人は抵当権者と同視すべきものであるから、建物につき登記がされているか、所有者が取得登記を経由しているか否かにかかわらず、法定地上権の成立を認めるのが法の趣旨に合致するものである。このように、法定地上権制度は、要するに存立している建物を保護するところにその意義を有するのであるから、建物所有者は、法定地上権を取得するにあたり、対抗力ある所有権を有している必要はないというべきである。」(最判昭和48年9月18日民集27巻8号1066頁/最判昭和50年7月11日金法766頁)

(民訴法)旧司法試験法平成16年度第2問

第2問

Xは,Yに対し,200万円の貸金債権(甲債権)を有するとして,貸金返還請求訴訟を提起したところ,Yは,Xに対する300万円の売掛金債権(乙債権)を自働債権とする訴訟上の相殺を主張した。

この事例に関する次の1から3までの各場合について,裁判所がどのような判決をすべきかを述べ,その判決が確定したときの既判力について論ぜよ。

1 裁判所は,甲債権及び乙債権のいずれもが存在し,かつ,相殺適状にあることについて心証を得た。

2 Xは,「訴え提起前に乙債権を全額弁済した。」と主張した。裁判所は,甲債権が存在すること及び乙債権が存在したがその全額について弁済の事実があったことについて心証を得た。

3 Xは,「甲債権とは別に,Yに対し,300万円の立替金償還債権(丙債権)を 有しており,訴え提起前にこれを自働債権として乙債権と対当額で相殺した。」と 主張した。裁判所は,甲債権が存在すること並びに乙債権及び丙債権のいずれもが存在し,かつ,相殺の意思表示の当時,相殺適状にあったことについて心証を得た。*1

 

<解答>

第1 設問1

 1 裁判所がすべき判決の内容

 裁判所は、甲債権及び乙債権がいずれも存在し、かつ、相殺適状にあるとの心証を形成しているのであるから、訴求債権である甲債権はこの訴訟上の相殺によって全部消滅したといえ、Xの請求を棄却する旨の全部請求棄却判決をすべきである。

 2 1の確定判決についての既判力

 (1)既判力は、「主文に包含するもの」(民事訴訟法(以下、法名省略)114条1項)について生じる。既判力の趣旨は、十分な手続保障に基づく自己責任にあるところ、その拘束力は主文たる訴訟物の存否についてのみ認めれば足りるし、仮に理由中の判断についてまでその拘束力を認めることになれば、攻撃防御の一挙手一投足に過敏となり、審理の遅延を招きかねない。したがって、本条項にいう「主文」とは、訴訟物たる権利法律関係の存否に関する判断のことを言うと解する。

 本件では、甲債権が不存在であると判断しているため、XのYに対する甲債権200万円の不存在という判断に既判力が生じる。

 (2)また、法は相殺の場合については、既判力を例外的に認めている(114条2項)。これは、相殺の抗弁について既判力を認めないことになれば、訴求債権についての紛争が反対債権の存否の紛争に移ってしまい、判決による紛争解決の実効性を欠くためである。そして、既判力の生じる範囲につき、反対債権の不存在という判断のみならず、訴求債権と反対債権が共に存在し、かつ、相殺によってこれが消滅したと言う判断に既判力が生じると言う見解もあるが、114条1項の既判力を及ぼす原則的な趣旨や反対債権についてのみこれを認めることで後発的な紛争の発生は予防できることから、反対債権が存在しないと言う判断について既判力が生じると解すべきである。

 本件では、200万円の訴求債権に対し、Yは300万円の反対債権を相殺の抗弁に供しているところ、「相殺をもって対抗した額」は、訴求債権に一致する200万円部分なのであるから、200万円の反対債権の不存在という判断に既判力が生じる。

第2 設問2

 1 裁判所がすべき判決の内容

 裁判所は、甲債権が存在すること及び乙債権が存在したが、これについてはその全額について弁済があった旨の心証を形成しているため、Yの相殺の抗弁は自働債権の不存在により理由がないものとして排斥され、Xの請求を全部認容し、200万円の支払いを命じる旨の判決をすべきである。

 2 1の確定判決についての既判力

 (1)まず、「主文に包含」されるのは、XのYに対する200万円の甲債権の存在であるから、この点につき既判力が生じる。また、反対債権については、先のとおり、裁判所は乙債権(自働債権)が存在しないという判断をしており、114条2項による相殺の抗弁による既判力は「相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断」に生じるから、相殺の抗弁に供した200万円部分についての不存在という判断に既判力が生じる。

 (2)なお、裁判所は全体として乙債権(自働債権)が一切存在しないとの心証を形成しているが、相殺の抗弁の判断によって既判力が生じるのは、相殺をもって対抗した額で相殺のために主張した請求の成否の判断された部分について生じるため、訴求債権を超過する100万円部分については既判力は生じない。

第3 設問3

 1 裁判所がすべき判決の内容

 甲債権に対する乙債権による相殺の抗弁に対し、更に乙債権に対する丙債権による相殺の再抗弁が提出されている。この点、訴訟上の相殺の再抗弁については、判例は訴訟上の相殺の意思表示は、相殺の意思表示がされたことにより確定的に生じるものではなく、裁判所により相殺の判断がされることを条件として実体法上の相殺の効果が生ずるものであるとし、そのために相殺の再抗弁を認めることは、仮定の上に仮定を積み重ねることとなり、当事者間の法律関係を不安定にし、このように解したとしても、訴求されている訴訟物以外の債権を主張するのであれば、別訴の提起による訴求や訴えの変更(講学上の訴えの追加的変更)によってなしうるため、相殺の再抗弁という形で認めなくとも主張者に不利益とならないから、許されないという。しかし、本件のように既に心証が形成されている場合には、そのような弊害は生じないことから、裁判所としては、Xの請求を全部認容し、200万円の支払いを求める旨の判決をすべきである。

 2 1の確定判決についての既判力

 甲債権が存在及び丙債権との相殺によって消滅した乙債権の不存在という判断に既判力が生じる。

以上

(民法)旧司法試験平成13年度第1問

Aは,Bに対し,自己所有の甲建物を売却して引き渡し,Bは,Cに対し,甲建物を, 使用目的は飲食店経営,賃料月額50万円,期間3年,給排水管の取替工事はCの負担 で行うとの約定で賃貸して引き渡した。Cが300万円をかけて甲建物の給排水管の 取替工事をした直後,Aは,Dに対し,甲建物を売却して所有権移転の登記をした。こ の事案において,DがAからBへの甲建物の売却の事実を知らなかったものとして,D がCに対してどのような請求をすることができ,これに対し,Cがどのような反論をす ることができるかについて論じた上で,BC間の法律関係についても論ぜよ。

 

<解答>

第1 DのCに対する請求の内容及びCの反論

 1 Dは、Cに対し、所有権に基づく返還請求権としての甲建物明渡請求をする。まず、Aを起点としてBとDは二重譲渡の譲受人としての地位に立つところ、その優劣は対抗要件、すなわち登記具備の先後によって決せられる(民法(以下、法名省略)177条)。

 本件では、Dは、Aから甲建物を買い受け、その旨の所有権移転登記を経由しているから、同人が第三者に対抗することができる所有権を取得する。

 2 そこで、Cは、Bとの賃貸借の合意による占有権原の抗弁を主張する。しかし、上記Dによる所有権移転登記の具備は、対抗要件具備による所有権喪失の抗弁として機能し、Bは無権利者となる。そのため、Cの賃借人としての地位は、他人物賃貸借に係る賃借人としての地位と引き直すことができる。そうすると、Cは真の所有者であるDから甲建物の明渡しを求められており、また第三者対抗要件も具備していないため、上記反論は認められない。

 3 次に、Cは甲建物に300万円の給排水管の取替工事をしていることから、同建物についての費用償還請求権(196条2項本文)を有しているとして、上記権利を根拠として留置権(295条1項本文)の抗弁を主張する。

 甲建物に係る給排水管の取替は、同建物の建物としての価値を上昇させるものとして「改良」にあたり、300万円は有益費に該当する。また、Cによる有益費の支出はAD間の売買に先立っており、295条2項該当性を基礎付ける事情は見受けられない。加えて、Cによる支出はBC間の賃貸借契約において合意として定められた事項に基づきなされたものであるが、留置権は物権的権利であるから、その権利を第三者に対しても主張することが可能である。

 したがって、上記留置権の抗弁には理由があり、その反論が認められる。

 よって、DのCに対する上記請求はCDによる留置権の抗弁の権利主張により、引換給付判決の限度で認められる(その余の請求は認められない)。

第2 BC間の法律関係

  上記第1の2のとおり、BC間の賃貸借契約は他人物賃貸借契約であるところ、Bは、「物の使用及び収益をさせる義務」(559条、561条、601条)を果たすことができなかったものとして、履行不能(412条の2第1項)にあたる。

 したがって、Cは、Bに対し、債務不履行に基づく損害賠償請求(415条1項、2項)をすることができる。

以上