(民法)司法試験予備試験平成27年

1.Aは,A所有の甲建物において手作りの伝統工芸品を製作し,これを販売業者に納入する事業を営んできたが,高齢により思うように仕事ができなくなったため,引退することにした。Aは,かねてより,長年事業を支えてきた弟子のBを後継者にしたいと考えていた。そこで,Aは,平成26年4月20日,Bとの間で,甲建物をBに贈与する旨の契約(以下「本件贈与契約」という。)を書面をもって締結し,本件贈与契約に基づき甲建物をBに引き渡した。本件贈与契約では,甲建物の所有権移転登記手続は,同年7月18日に行うこととされていたが,Aは,同年6月25日に疾病により死亡した。Aには,亡妻との間に,子C,D及びEがいるが,他に相続人はいない。なお,Aは,遺言をしておらず,また,Aには,甲建物のほかにも,自宅建物等の不動産や預金債権等の財産があったため,甲建物の贈与によっても,C,D及びEの遺留分は侵害されていない。また,Aの死亡後も,Bは,甲建物において伝統工芸品の製作を継続していた。

2.C及びDは,兄弟でレストランを経営していたが,その資金繰りに窮していたことから,平成26年10月12日,Fとの間で,甲建物をFに代金2000万円で売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。本件売買契約では,甲建物の所有権移転登記手続は,同月20日に代金の支払と引換えに行うこととされていた。本件売買契約を締結する際,C及びDは,Fに対し,C,D及びEの間では甲建物をC及びDが取得することで協議が成立していると説明し,その旨を確認するE名義の書面を提示するなどしたが,実際には,Eはそのような話は全く聞いておらず,この書面もC及びDが偽造したものであった。

3.C及びDは,平成26年10月20日,Fに対し,Eが遠方に居住していて登記の申請に必要な書類が揃わなかったこと等を説明した上で謝罪し,とりあえずC及びDの法定相続分に相当する3分の2の持分について所有権移転登記をすることで許してもらいたいと懇願した。これに対し,Fは,約束が違うとして一旦はこれを拒絶したが,C及びDから,取引先に対する支払期限が迫っており,その支払を遅滞すると仕入れができなくなってレストランの経営が困難になるので,せめて代金の一部のみでも支払ってもらいたいと重ねて懇願されたことから,甲建物の3分の2の持分についてFへの移転の登記をした上で,代金のうち1000万円を支払うこととし,その残額については,残りの3分の1の持分と引換えに行うことに合意した。そこで,同月末までに,C及びDは,甲建物について相続を原因として,C,D及びEが各自3分の1の持分を有する旨の登記をした上で,この合意に従い,C及びDの各持分について,それぞれFへの移転の登記をした。

4.Fは,平成26年12月12日,甲建物を占有しているBに対し,甲建物の明渡しを求めた。Fは,Bとの交渉を進めるうちに,本件贈与契約が締結されたことや,【事実】2の協議はされていなかったことを知るに至った。Fは,その後も,話し合いによりBとの紛争を解決することを望み,Bに対し,数回にわたり,明渡猶予期間や立退料の支払等の条件を提示したが,Bは,甲建物において現在も伝統工芸品の製作を行っており,甲建物からの退去を前提とする交渉には応じられないとして,Fの提案をいずれも拒絶した。

5.Eは,その後本件贈与契約の存在を知るに至り,平成27年2月12日,甲建物の3分の1の持分について,EからBへの移転の登記をした。

6.Fは,Bが【事実】4のFの提案をいずれも拒絶したことから,平成27年3月6日,Bに対し,甲建物の明渡しを求める訴えを提起した。

〔設問1〕

FのBに対する【事実】6の請求が認められるかどうかを検討しなさい。

〔設問2〕

Bは,Eに対し,甲建物の全部については所有権移転登記がされていないことによって受けた損害について賠償を求めることができるかどうかを検討しなさい。なお,本件贈与契約の解除について検討する必要はない。

 

<解答>

第1 設問1

 1 権利関係の把握

 Fの請求は、甲建物に係る所有権を有しており、その旨の所有権移転登記を有していることを根拠として、所有権に基づく返還請求としての甲建物明渡請求であると考えられる。

 2 FのBに対する所有権に基づく請求とBの反論の妥当性

 (1)Bは、生前にAから甲建物を贈与されていることから、自身に権利があると主張する。そこで、上記のように相反する主張をするB及びFとの関係を確定する必要がある。所有権を「第三者」(民法(以下、法令名省略)177条)に対抗するためには、その権利変動を公示する「登記」を要するため、まずFの請求に対する関係でBが「第三者」にあたるか決する。

  ア 177条の趣旨は、隠れた物権変動による不測の損害を与えることを防ぎ、もって取引の安全を図ることにある。そこで、本条にいう「第三者」とは、当事者及びその包括承継人以外の者であって、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいう。

  イ 本件では、BはAから甲建物の贈与を受けていた。一方、FもAから甲建物を共同相続したCDから甲建物を購入している。そうすると、更なる詳細な事実関係は不明であるが、先にBはAから甲建物所有権を取得したが、この不完全な物権変動のなか、FはC Dから甲建物所有権を取得しており、両者はA及びその包括承継人であるC、D及びEを起点とした二重譲渡の関係があり、いわゆる背信的悪意者と認められるような事情も見受けられないから、相互に登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者であるといえる。

  ウ よって、FがBに甲建物所有権取得を対抗するためには、これに対応する登記の具備を要する。

 (2)本件では、Bは、甲建物の1/3に相当する所有権移転登記を、Fは、甲建物の2/3に相当する所有権移転登記を、それぞれ経由しており、各自が登記を具備した権利の範囲内では第三者に対抗することができるが、Fは、甲建物の全部を第三者に対抗することができるだけの登記を有していない。

 (3)よって、FのBに対する所有権に基づく返還請求権としての甲建物明渡請求はBの反論に理由があるから、認められない。

 3 FのBに対する共有持分権に基づく請求

 (1)各共有持分権者は、それぞれ有する共有持分権に応じてその全部を使用することができる(249条1項)。したがって、たとえ多数共有持分権者による少数持分権者への明渡請求であっても、少数持分権者に上記占有権原がある以上、明渡しを求める理由の主張立証がされないときは、当然には明渡請求は認められない。

 本件では、Fは、甲建物の2/3に相当する共有持分権を有している一方、Bは、甲建物の1/3に相当する共有持分権を有しており、FのBに対する本件請求は多数持分権者から少数持分権者への明渡請求であるといえるが、Fはその明渡しを求める具体的な理由等を何ら主張立証しない以上、その請求は認められない。

 よって、FのBに対する共有持分権を理由とする明渡請求は認められない。

 (2)なお、上記のとおり、明渡しを求めることができないことと共有物を持分割合に応じて使用することができることとは同一ではないから、Bはその持分割合を超える2/3に相当する使用利益については、その使用対価をFに償還する必要がある(249条2項)。

第2 設問2

 1 Bの請求内容の特定とその根拠

 BのEに対する主張は、甲建物の全部についての所有権移転登記がされなかったことによって受けた損害の賠償を求めるものである。そして、甲建物の所有権移転登記の登記原因は、Aの平成26年4月20日における贈与(549条)にあるところ、Eは、そのAの相続人として被相続人Aに属した一切の権利義務を承継した者である(882条、887条1項、890条本文)。

 したがって、Bの上記請求の根拠は、贈与契約における贈与者による受贈者に対抗要件を備えさせる義務の不履行を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求であると考えられる(559条、560条、549条、415条1項本文)。

 2 請求原因と抗弁原因の妥当性

 (1)Bの主張によれば、贈与契約締結の事実(事実1)が認められる。また、不履行の事実につき、確かにEは自身の持分に相当する1/3の割合の所有権移転登記をBに備えさせているが、甲建物全部に係る所有権移転登記を具備させるには至っておらず、所有権移転登記義務が不可分債務(430条参照)であることから、客観的にこれが認められる。そして、これにより損害の発生(及び数額)が認められ、因果関係も肯定されるといえる。

 (2)これに対し、Eは、帰責事由(415条1項ただし書)の不存在を主張する。これは「債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」という観点から判断する。

 本件では、本来であればC、D及びEはBに対し所有権移転登記を経由させなければならなかったにもかかわらず、2/3に相当する部分についてはEが何ら関与することなく、C DによってFに売却後、登記をしたものであった。また、Eが上記事態を認識したのは、このような登記がされた後であった。その上で、その後は現に自身の持分に係る1/3の部分についてはBへの所有権移転登記をおこなっている。そうすると、発生した債務自体は自身の元ではなく、あくまで被相続人Aの下で発生したものであり、契約張本人であるわけではなかったものと言えることを前提に、C Dによる虚偽の遺産分割協議が成立している旨の書面が偽造され、Eを排除してなされたなどの事実関係の下では社会通念に照らして債務者Eの責めに帰すべき事由は存しないといえる。

 (3)よって、Eの抗弁には理由があるから、Bの請求は認められない。